TEKI雑記

古民家暮らしのDIYな日々を綴ります

自給自足的生活とお金~お金について考察する

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先日の我が家の夕飯です☆
鯖、南瓜と大根の味噌汁、ポテトサラダ(ニンジン、ブロッコリー入り)です。

山村の自給暮らしに何故、鯖が食えるのか?!!
ムフフ…決して私が釣ったわけでも買ったわけでもないのですよ(*´ω`*)
夕飯食材調達の詳細はといいますと
ご飯はもちろん自給米です。玄米も普段食べるのですが、白米(7分づき)も食べます。

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今秋、ヤンマー製の精米機を知人からいただきました☆
おかげさまで、すりたてのお米が得られるようになったのです♪

自給味噌に、自給じゃがいもと南京!「じゃがいも・南京ストッカー」(詳細は「フローリングアート」記事)で保存してあります。

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ニンジンとブロッコリーは自給畑で穫れたものです。
播種が遅れ無理だと思っていたブロッコリーも、寒い寒いと思っていたら一変、暖冬でなんとか収穫ができちゃいました。
この時期はゆずが穫れますので、手作りポン酢も作りました☆

さて、鯖ですが…
鯖は我が家で穫れた米や野菜と物々交換したのです☆


さて、自給自足的生活を始めるということは、お金について考察し、自分なりのお金との付き合い方を模索することであると言っても過言ではないと思います。

都市型金銭感覚のままだと当然破綻してしまいますし、自分なりの暮らしのイメージを固めていかないと「田舎暮らし詐欺」にあってしまうかもしれないからです。
なので、お金についてよ~く考えることって重要だと思うのです。

まず、お金の歴史から見ていきますと、私がしました「物々交換」という行為は、お金が誕生する前までは一般的な人間的交渉術なのです。
何故人間的かと言いますと、人間に近いチンパンジーでも物々交換交渉成功率は低いのです。面白いのが、チンパンジーがより好むものと交換するよと交渉しても、成功率は低いというのです。

なので、人間=いろんなものをよく交換する動物 と言えます。

自給自足社会では、自分の食い扶持は自分で確保しますが、自分の余剰の物と相手の余剰の物を交換することでより豊かにしていたのです。これは「流通のはじまり」であり、立場に優劣がないなら「高度な共有」ともいえるでしょう。

しかし、物々交換には限界がありました。自分の物を相手が常に欲しがるとは限りません。その逆もあります。
さらに、ジャイアンみたいな奴が交渉してきたら大変です(>_<)動物ほど警戒心が強くない人間でも、やはり相手が信用に足る人物かどうか気になります。
このように物々交換社会が進むと、物々交換のデメリットが浮き彫りになってきます。

ならば皆が欲しがる物を基準に物の価値を決めればよいとしました。
皆が欲しがる物は、米や小麦といった主食に、油、布。さらに牛や羊といった家畜もありました。
これを「商品貨幣」と言います。

「商品貨幣」ができることで、価値基準の共有ができました。
「商品貨幣」は皆が必要なものですが、いつも欲しいわけではありません。保存性の問題があるものもあります。なので、次は皆が欲しがる珍しいタカラ貝を貨幣にしました。
これは「貝殻貨幣」です。
買・資・貯・財・貸といった漢字に「貝」が含まれるのは、この時の名残りです。

鉱物から金属をとる技術が発達すると、丈夫で保存性がさらに聞く「金属貨幣」になり、金銀の埋蔵量に関係なくつくられる現代の「鋳物貨幣」になりました。

さて、このように交換手段としてのお金は、人間が人間たらしめているものなので、私は決して嫌いではありません。素晴らしいものだと思っています。
私がした物々交換は、お金に抗いたくてやったのではありません。
お魚を食べるために賃労働なりのお金を得て、スーパーなどに買いに行くという道よりも、物々交換の方が最短ルートであり、人情的であると思っただけです。

しかし残念ながら、非常に残念ながら、世の中には交換手段ではない目的で出回っているお金があります。
それが、「紙幣」です。

「紙幣」の歴史は、先ほどの「硬貨」の歴史とは違うのです。
銀行の前形態である貸金庫業者が発行した、金貨の預かり証が「紙幣」のはじまりです。

普段生活しているとあまり気にしないことかもしれませんが、「硬貨」は政府が発行し、「紙幣」は日銀が発行するというのには、理由があるのです。

「硬貨」というのは「補助貨幣」ともいわれるように出回る額が低いので、政府がせっせと発行したところで、経済的影響は少ないです。もちろん政府が紙幣を発行する「政府紙幣」というものがありますが、私が思うにそれは政界のタブーではないかと思うのです。中にはタブーを破って発言しても、結果的にはつぶされて実現はしません。江戸幕府が大判小判をつくるのに、その裏付けとなる資産がいらなかったように、「政府紙幣」もその裏付けとなる資産はいりません。なので当然、国債も発行しなくてよいわけです。それに対して、日銀「紙幣」は発行する度に国債乱発です。

これは「紙幣」の目的が、利潤であるということです。日本でも外国でも、利潤目的で入ったお金は自給圏を破壊し、ワーキングプアと市場を獲得しさらに増殖しています。
国を動かしているのは、政治家なのか官僚なのか国民なのか資本家なのか…社会の仕組みが複雑すぎて一見わからないですが、現世の中を見る限り、資本主義は資本家主義なのではないかと…思うのです。


一旦破壊された山村の集落で、何が自分にとって心地よいのか、模索は続きます。
おそらく一生続くでしょうな(笑)