TEKI雑記

古民家暮らしのDIYな日々を綴ります

自給自足的生活と確定申告~現実的自給自足的生活とは?

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3月になりました。
山村はまだまだ冷え込みますが、日中は春がすぐそこまできている温かさです。
さて、私の住む県の猟期は3月15日までですが、3月15日というと全国的に確定申告の締め切り日でもあります。
年末調整済のお勤めの方ならやらなくてもよい人が多いでしょうが、私のような者はどうしたらよいのでしょうか。「個人」ではありますが「個人事業主」というと、烏滸がましくて烏滸がましくて烏滸がましくて…
( ゚∀゚)アハハあはは歯歯歯ノヽノヽノヽノ \ / \/ \…もう、笑うしかありません!
しかしです!キリ!(`・ω・´)
ここは真面目に確定申告しといた方が良いのです。
私は、こちらに移住してから確定申告は毎年きっちりとやっています!
キリリリリリリリ!(`・ω・´)

と言いますのは、税制改正業種や所得の多寡に関係なく、帳簿の作成と保存が義務化されたからです。
今までは白色申告の場合、事業所得300万を超えなければ記帳義務はなかったのですが、義務化されたわけです。よって、白色は楽ちんだぜ~♪と言えなくなったので、税務署は青色申告を勧めます。もちろん白色の10万控除と比べて、青色の65万控除がスゲーというのはありましょうが…

国民背番号制(マイナンバー制度)も開始されたことで納税状況も合理的に見える化していることを思えば、いずれ確定申告も義務化され、さらに青色申告も義務化されることになるかもしれないでしょう。

所得300万というラインはこれまで日本は優遇してきましたが、何故か「それって、フリーライダーじゃね?」という方向に舵を切り、累進課税からフラット課税を進めています。お金持ちから税金を取らない方が、市場にお金が落ちるでしょ?(トリクルダウン現象)という子ども騙しのプロパガンダでです。
富裕層が余ったお金で高級車を買って、高級車のディーラー社長は高級ワインを買って、高級ワインを売った富裕層向けの高級スーパーの社長は…と考えますと、富裕層が市場に出したお金の恩恵を私が受けることはないように思えます。
納税されたお金で、道路や図書館をつくりました!という方が、市場の活性化と公益につながるというのが、税の基本なはずです。公益を無視して市場活性化だけの政策を国が進めるということは、お金持ちが強くなり国が脆弱化しているということになります。トリクルダウンという表現自体が、現代社会の身分制度如実に表してくれているのが滑稽過ぎです。

さて、このようにお金中心の世の中で、自給自足とは一体どういうことをいうのでしょうか?

市場経済・お金中心の世の中だからこそ、自給自足という言葉自体を忌み嫌い、自給自足という言葉を聞いただけで過剰に反応し猛烈に批判する方がいますが、ご指摘通り私も自給自足は無理だと思います(笑)
車に家電、化石燃料ユニクロにその他たくさんのモノやシステムを利用しているのは十分承知しております。
極端に考える方からの語弊を防ぐために、だから私は自給自足的と「的」を付けているわけです。(だから別に「的」じゃなくて、「亜流」でも「自給自足率〇%」でも何でもいい)

それでもこの社会のシステムで、完全自給を考えると坂口恭平氏のいう「都市型狩猟生活」が現実的であろうと思います。しかし「都市型狩猟生活」と洒落たことをいっても、要はルンペンでしょと言ってしまえばそうなので、私は好きではありません。
要するに、日本社会で仮にすべてのものを完全自給(非現実的も甚だしいが)したら、資産を持つことになり納税義務が発生するのです。よって完全自給自足の0円生活はありえないとなるのです。

以前、私は自給自足的生活で貧困拡大社会を乗り切ろう的に書き、
利潤目的で入ったお金が自給圏を破壊し、市場とワーキングプアを獲得していると書きました。

今回の記事はその補足というか続編ということにもなるのですが、私が強調して言いたいのはどんな生活であれ気楽な道はないということです。
自給自足的生活、もっと幅広くは田舎暮らしの魅力は、私のような暗い人間が無理して伝えなくても、たくさんの人気ブロガーさん達が発信してくれている通りだと思います。
だから私は敢えて切実な陰の部分を言いたいのです。(烏滸がましくも陰陽バランスを取りたいと思い)

26年度から記帳義務化されたのも、歴史の流れを見る限り、必然のプロセスといえるのです。
日本史でいえば明治政府の「地租改正」によって、実質自給自足を潰したのが大きいのです。これまでの現物貢租を金納にしたことで、米が穫れても米を換金化しなければならなくなったのです。
現日本国が現物貢租を認めてくれたら、自給自足はメッチャ簡単になるのですが、農業や農民が市場経済から独立されては困るのでしょう。
この国とどう付き合うかというのも、自給自足的生活の難しさ厳しさの大きな一つです。

がしかしです。貧困の発端は自給圏の破壊によるものであったとしても、自給自足的生活は貧困で窮乏し自殺まで考えている方を救う道であると私は思うのです。日本では。
参考までに海外のことを書きますが、それはそれは暴力的破壊的も甚だしいのです。

アルゼンチン北東部の森の奥に住む先住民族であるトバ・コム族の悲劇

彼らは狩猟採集を軸にした自給自足生活を営んでいました。ワニ・魚を獲り、ハチミツを採り、野菜や綿花を育てていました。そんな彼らの自給圏である森を州政府は、なんとコム族込みで多国籍企業に売ったのです!そして多国籍企業は森を切り拓き、武装した警備員を配備して土地を囲い大豆畑をつくったのです。栽培されている大豆は除草剤の耐性があるGM(遺伝子組換え)で、徹底した機械管理で人手はいりません。コム族は生活の糧である森を失った上に、ワーキングプアすらにもなれなかったのです。

これは、差別だとか人権蹂躙だとかという域をはるかに超えた仕打ちとしか言いようがありません。
日本はまだ自由な選択権と、建前上は平等な人権があるから、自給自足的生活ができるのです。
記帳の義務化によって、私のような自給自足的生活者も対象になりましたが、低所得者層の納税促進の意図があっても、ここはプラスにとらえた方が良いと思います。
自給自足的生活といえども家計は回していかねばならないので、どんぶり勘定ではまずいからです。

なので、私も昨年から一応個人事業主として、開業しました。
私が新築した小屋も開業しなければ単なる趣味の建築ですが、小屋は事務所としましたので減価償却しながら経費として落とせるわけです。
自給自足的生活では一般企業のように肩上りに利益を拡大する必要はありませんが、生活が持続可能なラインを知るために、記帳は大切なことだと思いました。