TEKI雑記

古民家暮らしのDIYな日々を綴ります

どういう田舎暮らしを目指すのか

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個人主義の現代では、「田舎暮らし」も人それぞれでしょう。
しかし、いつの時代でも時代の思惑というのがありますので、いつの間にかに「あれ?こんなん目指してたっけ?」とならないためにも、時々時代の変遷を振り返り再考することが大切だと思うのです。


私は20代の頃は積極的にノマド生活を送り、いろんな場所でいろんな経験を積むと同時に腰を据える場所を探していました。(腰を据えるといっても「一生」というのではなく、「長期実学実践場」として。まぁ結果として「一生」になるかもしれませんが)
そして、30歳で一旦場所を決めようと思っていまして、今の場所になったわけですが、どうして今の場所になったのか?と問われれば、まぁご縁があったんでしょうというくらいの理由です。

私はノマド生活を送りながらどこの場所が良いのか懸命に探しましたが、出た答えが「日本やったらどこでもええやん」ということです。

何故そう思ったのでしょうか。
確かに同じ日本でも気候は違います。
ここは寒いとか暑いとか、湿度が高く蒸しっとしているとか、雪が積もるとか凍結するとか…
というのはありましょうが、私にとって対気候は避けるほどのものではなかったということです。

気になったというか違和感というかやばいと思ったのが、私が行ったどこにでも同じ飲食チェーンがありコンビニがありホームセンターがあります。
私はマクドナルドには滅多に行かないから、田舎で見かけるとこんなところにも多国籍企業が入り地域破壊をしているなと嫌悪感を抱くくせに、学生時にアルバイトしたことがあるローソンには入ってしまう自分がいたということ。よく利用するコメリにいたっては、あると安心するくらいです。
そして、広い畑を持っている高原野菜農家さんが農繁期はあまりにも忙しく、コンビニ弁当を買わざるを得ない暮らしになっているということ。
地方にイオンやブランドの大型ショッピングモールができたこと。(確かに地方の方が土地が安く広いので、モータリゼーション社会では都合が良い)
インターネットが地方にも普及したこと。

田舎にいながら都会のように大量購買・大量消費生活が可能になったというか、勧められているのがよくわかりました。

以前の記事、「自給自足的生活とお金~お金について考察する」

↑にも書きましたが、私はお金や購買を完全に否定しているわけではありません。
ただ、現代社会はバイアスがあり過ぎるのではないかという危機感です。

私にとっての田舎暮らしは、結局は対グローバリゼーションだったという認識が、グローバリゼーションどっぷりの都会よりも、グローバリゼーションと上手くつきあえる地方の方が良くて、地方なら基本どこでもOKだったということです。

「自給自足的生活と確定申告~現実的自給自足的生活とは?」

↑でも書きましたが、0円生活はありえません。モータリゼーションとインターネットが普及したおかげで、私は今こうしてブログを書き発信することができますし、ネットショップもできます。
現代文明すべてを否定して、縄文に戻るべしとは私は言いません。そういう便利さもとりあえずはいいと思います。
都会が物を廃棄せざるを得ない状況・システムもわかります。
先日、大阪駅で飲んだスムージーが1杯700万円というのも理解できます。

しかし、自然のど真ん中の山村に住んでいる私が、物を無駄に捨てることはしてはいけないと戒めています。
それは、都会のように融通の利かない暮らしシステムとは違うから。
いかに0円生活が無理とはいえ、所詮自分都合の言い訳になってしまうから。
アニミズムを感じられる環境であるから。

なので、かわいそうな廃棄を助ける余裕を持ちましょうと。

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植木屋さんから頂いた虫食いの木も、立派なエネルギー資源です!

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子どもさんは都市部に出て、広い屋敷で独り暮らしをする田舎のお婆さん。
庭の「すだち」を剪定してくれというのですが、たわわに実っているではありませんか!!!
もったいないですね。食べないのですか?と聞くと、しんどくて利用できないからほかるという。
なんという悲劇でしょうか。田舎に若い人がいなくマンパワーが足りないために起こるかわいそうな廃棄。
頂いて欲しい人に配りましたが、この量です。

早速、うどんのつゆに使いましたが、なんともさわやかな酸味で感動☆彡

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量が多いので「すだちシロップ」を作りました♪
楽しみ~(*^^)v

どういう田舎暮らしを目指すのか?

時に非(半)購買経済で、「自ら作り紡ぎだす丁寧な暮らし」ですかね。


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